2015/12/11

鳩山郁子トークショーの報告です

 126日にエスプホールで開催された「鳩山郁子トークショー 鳩小屋通信 at 塩竈」は、後ろのスクリーンに鳩山さんの美しいイラストが映し出されたステージ上に、女性漫画家お二人をお迎えし、華やかな雰囲気の中始まりました。

鳩山郁子さんは、「ガロ」でデビューし、現在は「アックス」などの雑誌で活躍されるほか、最近ではネット上でも作品を発表されています。そして同じく「アックス」で活躍されている特別ゲストの中野シズカさんは、もともと鳩山さんの大ファンとのこと。

そんなお二人に、青林工藝舎の手塚能理子さん、志村勝紀さんも加え、長井さんとの思い出や、制作についてのお話しなどで盛り上がった90分でした。

当日の様子について、ここで少し紹介します。

(トークショーの内容と、お二人のインタビューは、「WAY」の1月号にも掲載します)

 

○長井さんとの思い出

手塚「長井さんは、美人に目がなくて。鳩山さんも長井さんのお気に入りになって、かわいがられていたと思います」

鳩山「2回くらいお食事に誘われました(笑)。2回目のときに、突然、お花を買ってあげるよ、って商店街で言われて。男の人からそんなセリフを言われたことはないので、なんて素敵なのだろうと思って。青いニゲラというお花を買っていただいて、今でもドライフラワーにして家に飾ってあります。その後に、本をくださるというので、長井さんのマンションに行くことになったのですけど、エレベーターの中で長井さんが突然私の手をそっと握ってきて。でもそれが全然いやらしくなくて、本当にニコニコしながら握っているから、んも~(笑)という感じでしたね。それが一番ほのぼのした貴重な思い出です」

手塚「今日、こちらの美術館を見ていかがでしたか」

鳩山「感動して、トークショーのぎりぎりまで見ていてしまいました。なんだか、長井さんに会いに来ることができたみたいで、嬉しかったです」

 

○デビューまで

志村「最初、長井さんからはどういう連絡があったんですか」

鳩山「とにかく早く雑誌に載りたくて、ガロには3回くらい投稿していました。最後のほうに、長井さんの手紙が同封されていて、もうちょっと絵を丁寧に描きなさい、ということと、もう1回出来たら送りなさい、ということが書いてありました。これは脈がある、と感じて、4コマだったらなんとかなるかもと思って、4コマで描いたらうまくいって。長井さんから、今度のに載せるから電話しなさい、と手紙にあったので、実家の黒電話から電話したらすごいおじいさんの声だったので、びっくりして。その頃は、伝説的な青林堂や長井さんのことを知らなかったので、こんなおじいさんの出版社で大丈夫?と思うくらいびっくりしちゃって。でも載せるから来なさい、って言われて行きました。それが初めて長井さんとお会いした時です」

中野「私もガロには投稿していたんです。でも、鳩山さんにそっくりだと言われてボツになって。ガロがなくなったとき、鳩山さんはどうするんだろう、と思っていたらアックスで描かれていたので、私もアックスに行きました」

手塚「鳩山さんは、誰に影響を受けて漫画を描こうと思ったのですか」

鳩山「父が買っていた手塚治虫全集とか…あまり、自分に近いと思われる漫画は読んでいなくて。萩尾先生の『トーマの心臓』も、読んだのは30歳を過ぎてからでした。古本でガロを読んで、林静一さんとか、花輪和一さんとかにはまって、どんどん古本のガロを買っていって。初めて現行のガロを買おうと思ったのは、森元暢之先生と、津野裕子先生と松本充代先生に触れて、衝撃を受けて。津野先生の漫画が4ページで、4ページでもいいんだ!と思って。それで、ガロの応募要項を読んで、投稿しました。」

手塚「ガロは平気で2ページの漫画とかありましたからね」

 

○ガロとは

手塚「作家さんがどの雑誌でデビューするかって、かなり重要だと思うんです。だから、原稿を見て、この人はメジャーに行ったほうがいいんじゃないか、と思う人はとらないようにしています。自分の作風に合った雑誌がない、という人がガロを選んでくれる、ということはありますね。鳩山さんも、ガロの世界観があっていたのかな、と思います」

鳩山「ガロでよかったと思っています。ありがとうございます。そういえば、森元さんの昔の漫画を見て、線が違っていてびっくりしました。あとで聞いたら、長井さんが、ひさうちみちおさんのマネをしなさい、と言ったらしくて。そこが長井さんのすごいところだと思うのですが、なぜ森元さんの線をみて、ひさうちさんのマネをしなさい、と言ったのか。そして、それが大正解だった。長井さんの野生の勘なのでしょうか、どうしてそんなことが見抜けるんだろう」

手塚「単純に、勉強しなさい、という意味だったのかも。おもしろければ、なんでもいい、という人でしたし。でも、いろんな絵を見ていると、いいか悪いか、なんとなくわかります。投稿作品も、封筒から出した瞬間、ダメかどうかわかる。これはなぜか、説明のしようがないけど。

志村「そうですね、見ただけでわかります」

手塚「漫画家は、努力してなれるものではないです。才能がない人に頑張れ、というのも酷な話で」

 

○漫画とは

中野「鳩山さんは、絵もきれいだし、言葉の使い方も美しいですよね。詩のような。どうして、漫画という表現方法を選ばれたのですか」

鳩山「漫画って、お得じゃないですか?絵描きの要素も詩の要素もあって。ガロだったら、まぁ詩のようなものも許容してくれましたし」

中野「最初から漫画でいこうと考えていたんですか?10代で描いていますよね」

鳩山「若い頃って、早く何者かになりたいじゃないですか。やみくもな、恥知らずな欲望のほうが強いわけですよ。募集かけていないコミックボックスに投稿したりとか。それくらいの厚顔無恥さが必要ですよ、若い頃は。今思うと赤面ものですけど。漫画家を目指す方には、ちゃんと応募要項は読みましょう、募集をしているところに送りましょう、と声を大にして言いたい(笑)」

中野「新刊の『エルネストの鳩舎』の中で、鳩を転がす話がありますね。あれはファンタジーかと思ったら、実際に転がる鳩がいると知ってびっくりしました」

鳩山「ユーチューブで見つけて、これで1本描ける!と思って。誰かが見つける前に、早く描かなきゃ、と思ってすごく焦っていました。」

中野「そういうネタ、教えてくれないんですよね」

鳩山「教えませんよ!大事なネタですから!もう、勢いで描きますから」

中野「ネームも描かないとか」

鳩山「勢いが、薄まってしまう気がするんですよね。ネームを描くと、原稿用紙に向かったときに飽きてしまって。詰めは甘いと思うのですが、飽きないで描くほうが、自分にとっては大事です」

中野「漫画を描き続ける原動力って、なんですか」

鳩山「みんなが私を認識してくれるのは、漫画を描いているからであって、描かないと忘れられてしまう。漫画しかない、って思います。長井さんが、ご飯に行ったときに、長く描ける作家になりなさいよ、って言ってくれたんです。大御所は大変だよ、新人の方が楽だよ。あんたは長く描ける作家になりなさい、と言ったのをすごく覚えていて。それかもしれないです」

中野「じゃあ、突然やめたりしない?」

鳩山「もう十分描き切った、って思ったらどうかわからないですけど…でも、まだいろいろ興味もあるし、アンテナが生きているうちは、何とかしようと思っています」

 

○創作活動について

中野「気分転換には何をしますか」

鳩山「散歩…ですね」

中野「影響を受けたアーティストっていますか?写真とか映画とか」

鳩山「地元のパルコのサブカルコーナーで、ガロやペヨトル工房の写真集をみるのが好きでした。ベルナール・フォコンの写真集が好きでした。最近だと奈良原一高さんとか」

手塚「お客様から、ご質問はないですか」

観客「音楽と絵の結びつきはありますか」

鳩山「ガロに描いていたころ、イギリスのコクトーツインズというバンドの曲名を漫画のタイトルに使ったことがあります。そんな風に、音は欠かせないです。メロディのある曲もですが、ただの音も」

観客「作品には、いろんな時代や、地域が出てきますが、実際に海外旅行はされますか」

鳩山「取材旅行は行ったことがないです。行かないほうが、想像力が膨らむので。後から、確かめるように行くことはあります」

 

手塚「あっという間に時間になってしまいました。漫画は、一人プロデュースの作品です。鳩山さんは、ブログに載せる写真も本当に上手で、それも全部、漫画を描くためのアイデアなのかと思います。今日は、ありがとうございました」

 



お二人に描いていただいたサインは長井勝一漫画美術館でごらんいただけます

 

*トークショー当日の塩竈や長井勝一漫画美術館の印象など、鳩山さんがブログに掲載して

います。そちらもご覧ください。

 

 


 
「鳩山郁子オフィシャルブログ 鳩小屋通信」
 
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